三国志って何?

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三国志の歴史

まず、三国志を知るには中国の歴史をおさらいしてみましょう。
三国時代(中国)は、黄巾の乱の蜂起(184年)による漢朝の動揺から、西晋による中国再統一(280年)までを指します。
229年までに魏(初代皇帝:曹丕)、蜀(蜀漢)(初代皇帝:劉備)、呉(初代皇帝:孫権)が成立、中国国内に3人の皇帝が同時に立ちました。つまり、日本でいう伊達政宗、真田幸村などが同時に武将になって国取り合戦をしている…そう、戦国時代のことです。
三国時代については、陳寿が著した『 三国志 』、明代に書かれた『 三国志 演義 』に記されています。
黄巾の乱(中国全土)の中、物語は189年皇帝の霊帝が崩御し、14歳の劉弁(後漢の第13代皇帝・少帝弁)が即位しましたが、朝廷の実権を手にした董卓は少帝を廃して陳留王(後漢の最後の皇帝・献帝)を皇帝につけました。

三国志の登場人物

三国志には1192人の人物が登場します。
主な登場人物は、劉備玄徳(りゅうびげんとく)、関羽雲長(かんうちょううん)、張飛(ちょうひ)、諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)、呂布(りょふ)、孫権(そんけん)、曹丕(そうひ)、曹操(そうそう)、司馬懿(しばい)、夏侯淵(かこうえん)です。
まだまだこれはほんの一部ですが、三国志にはたくさんの人たちの思いや考えが渦巻いているのです。

三国志の主に活躍した武将を一覧にしてみよう

三国志には437人の武将がでてきます。そこで国別に主に活躍した武将を一覧にしてみましょう。
呂布、関羽筆頭、趙雲、張飛、黄忠、馬超、李?、公孫?、馬騰の9人です。
彼らは武将であり、皇帝や軍師ではありませんが、のちに皇帝となった者もいます。

三国志の勢力図

三国時代、中国は最終的に三つの国に分けられました。
魏・呉・蜀の三国です。
三国になるまでにはたくさんの国が戦争を繰り広げ、合併していきました。

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三国志~趙雲伝~のキャスト

三国志は中国でドラマ化されています。
そこでドラマのキャストをご紹介しましょう。
主人公となる趙雲を演じるのは「ケニー・リン」さんは中韓で人気の俳優です。
呂布役「カオ・イーシャン」、劉備役「イェン・イークァン」さんです。

三国志の趙雲ってどんな人?

公孫?の部下であった趙雲は、青州で袁紹と戦っていた田楷の援軍として公孫?が劉備を派遣した際、趙雲も随行して劉備の主騎となりました。建安13年(208年)、荊州の当陽県長坂で曹操率いる5000の兵に追いつかれた劉備は、妻子を捨てて逃走します。この時、趙雲が劉禅を身に抱え、更に甘夫人を保護したので、二人は危機を免れることができたが、劉備の娘二人は曹純に捕獲されました(長坂の戦い)。この戦いの後、牙門将軍に昇進します。劉備の入蜀時には荊州に留まり、建安18年(213年)、諸葛亮・張飛・劉封らと共に長江を遡って入蜀し、益州の各郡県を平定しました。趙雲は江州(重慶)から別の川に沿って西進し、途上で江陽を攻略しました。益州が平定された後、翊軍将軍に任ぜられます。建興元年(223年)、劉禅が即位すると中護軍・征南将軍へ昇進し、永昌亭侯に封じられました。後、鎮東将軍に昇進します。建興5年(227年)、諸葛亮と共に北伐に備えて漢中に駐留、翌6年(228年)、諸葛亮が斜谷街道を通ると宣伝すると、魏の曹叡は曹真を?に派遣し、諸軍を率いて駐屯させます。趙雲は鄧芝と共にその相手をする囮となり、諸葛亮は祁山を攻めました。曹真は箕谷に大軍を派遣したが、兵の数は趙雲と鄧芝の方が多かったといいます。しかし曹真の兵は強く、趙雲と鄧芝の兵は弱かったので、箕谷で敗北しました。趙雲が軍兵を取りまとめてよく守ったため、大敗には至らなかったが、鎮軍将軍に降格されました。一方、華陽国志では位階ではなく禄を貶したとの記録があります。諸葛亮は、箕谷では不戒の失があったと上奏しています。

 

三国志って名前は聞いたことがあるけど、最後まで読んだり、見たりすることはないですよね。
調べてみると意外と面白いですよ。

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